はじめに
最近、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収ニュースで「黄金株(おうごんかぶ)」という言葉を耳にした方も多いのではないでしょうか。この買収を米政府が承認する条件の一つとして、この「黄金株」が発行されました。
黄金株とは、一言でいえば「会社の重要な決定に対して『待った!』をかけられる、非常に強力な権利を持つ特別な株式」のことです。
この記事では、黄金株とは一体何なのか、その仕組みから買収防衛、そして「相続・事業承継」における活用法や、気になる「相続税評価」まで、メリット・デメリットを交えて分かりやすく解説します。
黄金株の基本
正式名称は「拒否権付株式」
「黄金株」は通称で、日本の会社法では「拒否権付株式」と呼ばれます。これは、会社が発行できる様々な種類がある株式(種類株式)の一つです。
最大の特徴は、たった1株持っているだけで、株主総会や取締役会で決議された特定の重要事項を拒否できる権利(拒否権)を持つ点にあります。そのあまりに強力な効力から、敬意を込めて「黄金株」と呼ばれているのです。
何を拒否できるのか?
拒否できる事項は、あらかじめ会社の根本規則である「定款」で定めておく必要があります。一般的には、会社の経営の根幹に関わる、以下のような重要事項が対象となります。
- 合併や会社分割などの組織再編
- 重要な事業の譲渡
- 取締役や監査役の解任
- 定款の変更
- 剰余金の配当
黄金株の主な目的と活用シーン
黄金株は、その強力な権限から、特定の目的を持って戦略的に利用されます。
1. 敵対的買収の防衛策
最も一般的な利用目的です。経営者が望まない相手から会社を乗っ取られる「敵対的買収」を防ぐために使われます。
例えば、信頼できる友好的な第三者や自社の役員に黄金株を1株だけ発行しておけば、いざという時に買収者が決議した合併案などを拒否し、会社を守ることができます。
2. 相続・事業承継での円滑なバトンタッチ
中小企業のオーナー経営者にとって、相続は事業承承と直結する重大な問題です。ここでも黄金株は有効な選択肢となります。
例えば、経営者が亡くなった際に、会社の株式が複数の相続人(後継者である長男、経営に関与しない他の兄弟、配偶者など)に分散してしまうケースを考えてみましょう。これにより、経営権が不安定になったり、「物言う株主」となった親族間で対立が起きたりするリスクがあります。
そこで、黄金株を以下のように活用する設計が考えられます。
- 後継者には…: 会社の議決権の大部分を占める普通株式を集中して相続させ、日々の経営を安定して行えるようにする。
- 他の相続人には…: 経営には関与しない代わりに、黄金株を相続させる(配当を優先的に受け取れる種類株式とセットにすることも多い)。
この設計により、「経営は後継者に任せる。しかし、万が一後継者が会社や自分たち相続人全体の利益を著しく損なうような暴走(例:会社財産を不当に安く売り払うなど)をした場合に限り、拒否権を発動できる」というお守り(拒否権)を他の相続人に与えることができます。
これにより、後継者の経営の自由度を確保しつつ、他の相続人の不安を和らげることで、相続トラブルを未然に防ぎ、円滑な事業承継を実現する効果が期待できます。
【重要】黄金株の相続税評価はどうなる?
では、これほど強力な権利を持つ黄金株を相続した場合、相続税の評価額は高くなってしまうのでしょうか?
意外に思われるかもしれませんが、結論から言うと「相続税を計算する際の評価額は、原則として普通株式と同じ」です。
国税庁の見解により、その特殊な「拒否権」の価値は評価額に上乗せされず、他の普通株式と同じ方法(会社の純資産や収益力などから算出される非上場株式の評価方法)で1株あたりの価額が計算されます。
これは、事業承継において黄金株を活用する非常に大きなメリットです。つまり、強力な経営への拒否権という「機能」を、相続税の負担を増やすことなく後継者以外の相続人に渡すことができるのです。
3. 国家による重要企業の経営関与(国家安全保障)
今回の日本製鉄の事例がこれにあたります。
外国企業が自国の基幹産業や重要な技術を持つ企業を買収する際に、安全保障上のリスクが懸念される場合があります。その際、政府が黄金株を保有することで、国の安全を脅かすような決定(例:重要技術の安易な売却、工場の閉鎖など)がなされるのを防ぐ「切り札」とすることができます。
黄金株のメリット・デメリット
メリット
- 経営の安定化: 敵対的買収のリスクを大幅に減らし、経営陣が長期的な視点で経営に集中できます。
- 円滑な事業承継: 相続における親族間の紛争リスクを低減し、後継者が経営権を安定させることができます。
- 相続税の負担を増やさない: 強力な機能を持つにもかかわらず、相続税評価額は普通株と同じため、税負担を抑えながら活用できます。
デメリット
- 経営の硬直化: 黄金株主の意向が強すぎると、変化に対応するための迅速な意思決定が妨げられ、経営が停滞するリスクがあります。特に事業承継の場面で拒否権の範囲を広くしすぎると、後継者が身動きをとれなくなる恐れがあります。
- 一般株主の利益を損なう可能性: 黄金株主一人の判断が、他の多くの株主の利益(例:より良い条件でのM&Aによる株価上昇)に反する形で使われる可能性があります。
- 上場のハードルが高い: 東京証券取引所は、「株主平等の原則」の観点から、黄金株を発行している企業の新規上場を原則として認めていません。そのため、日本では非上場企業での活用が中心です。
- 専門知識が不可欠: 定款での設計や相続税以外の税務(例:事業承継税制の適用可否)、M&A時の企業価値評価など、専門的な論点が多く、弁護士や税理士などの専門家への相談が不可欠です。
まとめ
黄金株は、1株で会社の重要事項を覆すことができる、まさに「切り札」のような株式です。敵対的買収の防衛や国家安全保障の確保、そして円滑な相続・事業承継の実現まで、その用途は多岐にわたります。
特に相続・事業承継においては、相続税の評価額を上げることなく、経営の安定と相続人間の融和を図れるというユニークで強力なツールとなり得ます。
しかし、その強力さゆえに経営を硬直化させるリスクもはらんでおり、まさに諸刃の剣と言えるでしょう。活用を検討する際は、必ず専門家と相談の上で、慎重な制度設計を行うことが重要です。
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