3Dプリントの発注作業に、AIをどこまで関与させられるか。私は小物入れの試作を繰り返すなかで、この問いを確かめる実験を始めた。見積もりの取得は何度でもやり直せる可逆な作業であり、発注は課金を伴う不可逆な操作である。この違いを軸に、任せられる範囲を切り分けていく。本記事は実験記録の前編であり、データの準備から見積もりの比較までを扱う。後編では、発注そのものの自動化に挑む予定である。
実験の途中で、その判断を裏づける数字が出た。同じSTLデータを2つのサービスに投入したところ、見積金額に約6倍の差がついたのである。ただし、この6倍は「同じものの価格差」ではない。造形方式と素材が違うためであり、その理由を追うと、価格が何で決まるかが見えてくる。
なぜ3Dプリント発注にAIを使おうと考えたのか
きっかけは、小物入れの試作を何度も繰り返す必要が出たことである。形状を少し変えるたびに、見積もりを取り直す。手作業でアップロードして、素材を選んで、金額を待つ。この繰り返しは、回数が増えるほど負担になる。
見積もりは、定型作業である。同じ手順をたどり、変わるのはデータだけ。こういう作業は自動化と相性がよい。一方で、発注は違う。発注は課金を伴う不可逆な操作であり、AIに全面的に任せるわけにはいかない。
そこで、この実験では「見積もりは自動化し、発注は人間が判断する」という線引きから始めることにした。AIに任せられる範囲と、任せてはいけない範囲を切り分ける。その切り分けが、3Dプリント発注の自動化を考える出発点になる。
用意した3Dデータと要件
作ろうとしているのは、デスク上に置く小物入れである。サイナスリンスのサッシェ(洗浄液の個包装)を30包収納し、正面から出し入れできる形にしたい。手前を少し傾斜させて中身が落ちないようにし、上には物を載せられるようにする。
試作として、次の条件で STL データを用意した。
- 印刷向きは開口を上にし、サポート不要とする
- 公差は +0.5mm を織り込む
- 肉厚は 2.5mm を確保する
公差を +0.5mm としたのは、造形方式による寸法のばらつきを吸収するためである。3Dプリントは設計値どおりには出ない。とくに嵌め合わせが必要な部品では、この余裕がないと組み立てられない。今回は蓋を作らないので、公差は収納物が入る余裕として効かせている。
肉厚 2.5mm は、据え置きの収納箱としては十分な値である。薄くすれば材料費は下がるが、反りや割れのリスクが上がる。最初の試作では、壊れにくさを優先した。
両サービスが受理したことの確認
見積もりに入る前に、データが正しく読まれているかを確認した。両サービスが返した数値は次のとおりで、完全に一致した。
| 項目 | 実測値 |
|---|---|
| 外形寸法(X×Y×Z) | 75.5002 × 50.5 × 72.9998 mm |
| 体積 | 77,035.6 mm³ |
| シェル数 | 1 |
シェル数が1であることは、モデルが水密で、単一の閉じた立体として認識されていることを意味する。差し戻しは発生しなかった。
外形寸法に 75.5002mm のような端数が出るのは、CAD での押し出しやフィレットの結果である。この端数自体は問題にならない。重要なのは、両サービスがまったく同じ値を返したことである。見積もりエンジンが違っても、入力データの解釈が一致していれば、価格の比較は成立する。
JLC3DP の見積結果
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 素材・方式 | 9600 Resin White(SLA) |
| 積層 | 0.05〜0.1mm |
| 造形価格 | $7.01 |
| 送料 | $7.92 |
| 納期 | 造形3日+輸送 |
合計の目安は $14.93、円換算でおおよそ2,200円である($1≒¥147で計算)。為替と関税で変動する。
ここで注意したいのは、造形価格($7.01)より送料($7.92)のほうが高い点である。小物一つを単発で頼むと、送料が全体を押し上げる。まとめて複数個を発注すれば、送料は個数で割れる。海外サービスを使うときは、送料の構造まで見ておく必要がある。
DMM.make の見積結果
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 素材・方式 | PA12W ホワイト(MJF) |
| 積層 | 0.08mm |
| 価格 | ¥14,095 |
| 送料 | 別途 |
| 納期 | 7〜10日 |
国内発送で、送料と関税の心配がない。日本語でのサポートも付く。
同じ体積(77,035.6 mm³)を造形するのに、JLC3DP が約2,200円、DMM.make が14,095円である。体積が同じでも価格が6倍違う。ここから、価格は体積だけでは決まらないことが分かる。
約6倍の価格差はどこから来るか
この差は、単純に「海外が安い」だけでは説明できない。素材と方式が違う。JLC3DP は SLA のレジン、DMM.make は MJF のナイロンである。材料単価そのものが違う。
加えて、国内サービスは日本語対応・国内発送・法人向け請求書払いのコストを価格に含む。この部分は、初めての発注や、社内の稟議を通す場面では価値になる。逆に、個人が試作を何度も回す場面では、価格差が効いてくる。
さらに、造形方式そのもののコスト構造も効く。SLA はレジンを一層ずつレーザーで硬化させる。材料の消費は、造形物の体積とサポート材の分に限られる。MJF は粉末の槽の中で造形するため、粉末の再利用効率や槽の運用コストが価格に乗る。方式が違えば、同じ体積でも原価が変わる。
SLAレジンとMJFナイロンの違い
SLA(光造形)は、レジンをレーザーで硬化させる方式である。表面が滑らかで、細部の再現性が高い。一方で、硬化したレジンは衝撃に弱い面がある。
MJF(粉末焼結)は、ナイロン粉末を熱で溶着させる方式である。靭性が高く、落下や衝撃に強い。表面はややざらつくが、無垢感のある仕上がりになる。
| 観点 | SLA(レジン) | MJF(ナイロン) |
|---|---|---|
| 表面 | 滑らか | ややざらつく |
| 精度 | 高い | 中程度 |
| 耐衝撃 | 弱い | 強い |
| 耐候性 | 紫外線で劣化しやすい | 比較的安定 |
| 価格 | 安い | 高い |
| 向く用途 | 観賞用・精密部品・試作 | 機能部品・可動部・屋外 |
この表は、どちらが優れているかを示すものではない。用途に対してどちらが合うかを示すものである。前者は「きれいに見せたい」もの、後者は「使って壊れにくい」ものに向く。
水密性とサポート材 — 見積の前に確認すべきこと
3Dプリントの入稿には STL がよく使われる。STL は形を三角形の集合で表し、色や材質の情報は持たない。
水密(watertight)とは、モデルの表面が隙間なく閉じていることである。穴が空いていたり、面が重なったりしていると、プリンタはどこが内側でどこが外側かを判断できない。その結果、造形に失敗したり、意図しない肉厚になったりする。
今回、両サービスが同じ体積とシェル数を返したことは、モデルが水密で単一の立体として読まれたことの証拠である。差し戻しが起きなかったのは、ここが揃っていたためだ。
サポートの要否も方式で変わる。SLA は造形中に模型を支えるサポート材が必要で、当たった面には跡が残る。MJF は粉末の中で造形するため、基本的にサポートが不要である。ただし、粉末を抜くための開口が必要になる。今回のモデルは開口を上にした。これは内部に粉末やレジンが残りにくくするための向きでもある。同じ STL でも、向きを変えればサポートの量と後処理が変わり、見積もりも変わる。
テキスト形式で作る — AIに任せられる前提
3Dプリントの発注を自動化するうえで、最初に効いてくるのはデータの形式である。ここを押さえておくと、どこまで機械に任せられるかが見えてくる。
STL は、立体の表面を三角形の集合として表す形式である。表現方法にはバイナリとテキスト(ASCII)の2通りがある。テキストで扱えるということは、プログラムから生成し、そのまま入稿できるということである。
私が一連の流れを自動化できたのは、この前提があったからだ。形状をテキスト形式の STL として書き出せば、寸法を変えて再生成し、見積もり画面へ投入するまでを機械に任せられる。CAD の操作を人が毎回やり直す必要はない。データがテキストであることは、AIやプログラムへ作業を渡すための入口になる。
逆に、人が画面でしか扱えない形式では、この流れは組みにくい。同じ見積もりでも、データをテキストで生成できるかどうかで、任せられる範囲が変わる。3Dプリントに限らず、定型作業をAIに任せたいときは、まず「その対象をテキストとして扱えるか」を確認するとよい。
生成したデータと見積もり結果を同じ場所に置いておけば、後から「この形状はいくらだったか」をたどれる。手作業の見積もりは、画面を閉じれば消えてしまう。データがテキストで残ることは、比較を積み重ねるための地味な前提でもある。
見積もりを自動化した理由と方法
見積もりの投入は自動化した。理由は、形状の試行回数が多いからである。
実用品の小物入れは、寸法を少し変えて試すことが多い。手でアップロードして、素材を選んで、と繰り返すのは時間がかかる。そこで、STL を生成し、ブラウザを操作して見積もり画面まで進め、結果をテキストで保存する流れを作った。
自動化の効能は、回数が多い作業で効く。1回しかやらないなら、手で操作したほうが速い。見積もりは、形状を変えるたびに発生する。だから自動化の対象にした。
AIに定型作業を任せる考え方は、GeminiをiRacingコーチに!AI活用スキルアップ実験記でも扱っている。
見積もりで確認すべき項目
比較を成立させるには、見るべき項目を揃える必要がある。金額だけを並べても、条件が違えば意味がない。
- 造形価格 … 本体の加工費
- 送料 … 単発発注では全体を大きく左右する
- 納期 … 国内7〜10日、海外は造形+輸送
- 素材と方式 … SLAレジンかMJFナイロンか
- 後処理とサポート … 有無で仕上がりと価格が変わる
これらを同じ土俵で比べて初めて、価格差の理由が見える。今回の約6倍という数字も、素材と方式が違うこと、国内コストが乗ることを踏まえて読む必要がある。
見積もりを再現する手順
読者が同じ比較を試すなら、手順は次のとおりである。
- STL を用意し、水密・単一シェルであることを確認する
- 各サービスの見積もり画面で、同じ STL をアップロードする
- 素材と方式を選ぶ(SLA レジン / MJF ナイロン)
- 返ってくる外形寸法・体積が一致するかを照合する
- 造形価格・送料・納期を並べて比較する
手順4が抜けやすい。寸法や体積が食い違っていれば、どちらかのサービスに正しく読まれていない。その状態で価格だけ比べても意味がない。まず入力が同じであることを確認する。
発注前に残っている壁 — ログインと課金の不可逆性
見積もりは取れたが、発注には至っていない。理由は明確である。
- JLC3DP・DMM.make のいずれも、発注にはログインが必要である。
- 作業環境に両サービスの認証情報は保存されていない。
発注は課金を伴う不可逆な操作である。だから、価格を比較した状態で止め、判断を仰ぐ形にした。見積もりは何度でも取り直せるが、発注は取り消せない。「安いから」と勢いで発注すると、素材を間違えても戻せない。
ここが、AIに任せられる範囲の境界である。見積もりの取得は、何度失敗してもやり直せる可逆な操作である。発注は、やり直しのきかない不可逆な操作である。この違いを軸に、任せる範囲を決める。後編では、この境界をどこまで安全に越えられるかを試す。
まとめ — AIに任せられる範囲の見極め
同じ STL データを2つのサービスに投入すると、価格差の理由が見える。方式、素材、国内か海外か、サポートの範囲。これらが価格に反映される。
見積もりの段階では課金は発生しない。だから、複数のサービスに同じデータを入れて、数字を並べる価値がある。私の場合、その差は約6倍であった。ただし、その6倍は「同じものの価格差」ではない。SLAレジンとMJFナイロンという、別のものの価格なのである。
AIに任せられるのは、ここまでである。見積もりの取得と比較は、可逆な作業として自動化できる。発注は不可逆であり、人間の判断を残す。前編の結論は、この線引きにある。後編では、発注の自動化にどこまで踏み込めるかを試す。
自宅の計算基盤を組む際の技術選定については、脱・高コストSAN!ProxmoxとInfiniBandで実現する、次世代HCIという選択肢に書いた。